フール・ドゥ・アッシュからパリ アッシュへ 魂の旅路 ~les Voyages De L’Ame

シェフのフランス便り~Avec elle

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お店をやっている時に、縁でパティスィエとパティスィエールと、知り合いました。もう5年以上まえのことです。
その当時の2人は、とても未熟に見えました。
しかし、パティスィエは、真っ白なキャンバスような純真さを、持っていました。
パティスィエールは、真の強さと自分の感性に対する素直さを、持ち合わせていました。
2人とも、未熟ながらもとても将来性を感じさせました。
パティスィエはグランシェフの元で、血のにじむような努力を続ける道を選び、パティスィエールはパリへと、渡りました。
パティスィエは気が付けば未熟さは全く消え去り、それどころか自分などは敵わないだろうなと思わせる、とてもいいお菓子を、創り出すまでになっていました。
パティスィエールはと言うと、遠いパリということと、一年に一度会う位なので、正直自分には、彼女のことがよくわかりませんでした。
でもなぜだか、いつも彼女のことがとても気になっていました。
一緒に働いた訳でも無いのですが、強いてあげればほんの少し、うちの店に研修にきたことがあるくらいです。
でもその時間は今でも、自分にとってとても大切な記憶なので す。
その彼女とパリで再開しました。
彼女が選らんでくれた場所はオン フルールのレストランがパリに出したオーベルニュのクレープリーでした。
まずそのクレープに度肝を抜かれました。
とても軽やかでいて、クレープとしての存在感もしっかり留めている今まで食べた事のない、全く新しいものでした。
それを創り出したシェフにとても敬意を抱きました。
できればオンフルールのそのレストランに食べに行きたいとまで思うほどです。
その中で彼女と、色々と話をしました。
パリでのお菓子のこと、日本でのお菓子のことなど、色々と話を聞きました。
まず驚いたのは、日本で思っていた疑問が、自分と一緒であったということ、パリでのお菓子の嗜好が、ほぼ一致したことです。
自分と一緒だから凄いとかというのでは全くないのです。
日本でその疑問を持っていたということに驚かされたのです。
それは、自分をはじめ日本人が陥りやすい過ちだからです。
彼女は大丈夫だ、三年間思っていたもやもやが、一気に晴れ上がりました。
ほんの2、3時間でしたが、また自分に大切な記憶が刻まれました。
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# by le_pin-four_de_h | 2012-12-12 11:10 | シェフのフランス便り | Comments(0)

シェフのフランス便り~

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パリに来て一ヶ月が経ちました。 お菓子屋さんにも、12軒ほどいきました。
大体1軒で3 個4個の生菓子を買い、2日に分けて食べます。
美味しいなあと思うところもあれば、よく解らなかった店もありま す。
勿論日本でもそうでしたが。
大阪で、お菓子を食べてよく、もう自分のような年寄りの時代ではないんだろうな、こう言う若い人たちの時代なんだろうなとしみじみと思ったものです。
その洗練された組み立てや、見た目に、自分のフランス菓子は、古いんだろうなと感じもしました。
でもパリのお菓子は、何か懐かしいものでした。
勿論、今の自分では、理解できない物もありました。
例えば、何個か見かけた、幾つかの素材の中のある素材を突出させた手法です。
これは本当に自分の帰国するまでの課題だと思っています。
でも総じて自分には、懐かしく感じれるものばかりでした。
たとえそれが、最先端と言われる、お菓子屋さんでもです。
やはり何か、変えようのない、不変のテーゼみたいな物が、あるのかなと感じました。
僕は、それを血だと思っています。
日本人の血とフランス人の血、何千年と営まれてきた血の受け継ぎ、その隔たりは、埋めようがないものだと思います。
ことの優劣とかでは無いですが、 我々のような、フランスに取り憑かれた者には、致命的なことです。
でも古いと思えた自分のお菓子にも、少し光が見えました。
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今回特に2 軒のブーランジュ リー・パティスリーに心惹かれま した。
こんな感じに自分の店もできればなと思いました。
パンもお菓子も高次元でバランスされていました。
自分はずっとお菓子も作りたいと思ってパンを作ってきました。
フールドゥアッシュはショーケースにお菓子が並んで初めて完成すると思っていました。
でもセンスも技術も自分より上で あろう若い人たちを見るにつれ、もう自分の時代では無いと、半ば諦めていました。
でもやはり、パリは自分に少しの勇気を与えてくれました。
「それで、いいんだ」 と微笑みながら。
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# by le_pin-four_de_h | 2012-12-03 14:53 | シェフのフランス便り | Comments(0)

シェフのフランス便り~ Sans titre trois

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パリも最近かなり冷え込んで来ま した。
日本もこの季節、ミカンをよく見かけると思います。
パリもそうで、ミカンの兄弟CLEMENTINEを本当によく見かけま す。
ぼくには、クレモンティーヌと聴こえますが、クレメンティンが正しいのでしょうか?
味はというと日本のミカンに比べると、果肉に存在感があり、先に感じる香りも後に抜ける香りも、より鮮明に感じます。
果物があまりいいものに当たらないのか、気持ちが沈んでいましたが、ほっとしました。
でもいい果物に、当たらないというのは、本当にたまたまなんでしょう。
果物屋で買ったフランボワーズは?でしたが、ピエール エルメのイスパハンに使われていたものはとてつもなく美味しかったです。
最近は、日本の食材も定着したのか、お菓子屋やレストランでよく目にするようになりました。
柿はKAKIですし、柚子はYUZUです。
反面教師というか食べて、ああっということが多々有ります。
僕ら日本人がフランスを、深く深層まで理解しづらいように、彼らも、どうも表面的に捉えているように感じます。
特に柚子はあの澱んだような香りは、全く無視して、まるでレモンのように、使っているように感じます。
一度、レストランで柚子らしい味わいを、感じたことがありますが、シェフは日本の方でした。
わかってないなあと、驕るわけでは無いですが、とても勉強になります。
如何に食文化を理解するのが、至難なことかということを。
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# by le_pin-four_de_h | 2012-12-03 01:10 | シェフのフランス便り | Comments(0)

シェフのフランス便り~ Sans titre deux

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町は、もうノエルに向かって、徐々に顔を変えつつあります。
有名なシャンゼリゼは勿論のこと、小さな通りさえきれいにお化粧しだしています。
不思議なもので日本で仕事をしていた時は、この時期はいつも生死をさまようような過酷な仕事をしていました。
一日2時間寝れると、幸せな気持ち になれたものです。
今は時間がとても緩やかに流れています。
この時期にそんな町を見ている と、なぜかフランソワ・ポンポンの彫刻を見たくなりました。
オルセー美術館に行ったのは、言うまでもありません。
ポンポンの彫刻は、本当になごみます。
特にしろくまは、その究極まで簡略化された面構成に、ある種荘厳ささえ感じます。

パリでへきへきしていることが、一つあります。
それは名前のことです。
僕の名前はヒサミチです。
フランス人にはとても難しいらしくなかなか覚えてもらえません。
発音もイザミチになります。
挙げ句の果てには、イザで終わりです。

Hisa(イザ) On y va.

また一日が始まります。
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# by le_pin-four_de_h | 2012-11-27 11:18 | シェフのフランス便り | Comments(0)

シェフのフランス便り~ Sans titre Un

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パレ ロワイヤルは、僕にとって特別な場所です。
前回の渡仏の時には、サン ジェル マン デ プレとセーヌ川の中間くらいの所に住んでいました。
帰宅途中によくサン ジェルマン デ プレから、坂を降りアパルトマンを通り過ぎて、セーヌ川を渡り、ルーブル美術館を抜けパレ ロワイヤルに行ったものです。
手には、必ずショソンポンムを 持っていました。
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全てが初めての事ばかりで、フランスになかなか馴染めずにいた時期です。
気が滅入った時には、必ずこの場 所に佇んでいました。
ショソンポンムを頬張りながら、色々と自分に問いかけたものです。
因みに、なぜショソンポンムかと言うと、当たり外れなく何処のものでも美味しかったからです。

そんな思いでの地に再び佇んで見ると、自分に問い掛けるのではなく、パリに問い掛けている自分がいました。
でもパリは気まぐれで、自分の切なる問い掛けに振り向きもしてくれません。
そんな気まぐれなパリが、些細なことでほんの少し振り向いてくれる時があります。
それは戒めであったり、答えであったりとほんの一瞬ですが、こちら側を見てくれます。
どういう時に、パリは振り向くのか、それはレストランやパン屋、菓子屋に行ってどうだとか、美術館や名所に行ってこうだとか、そう言うものではないのです。
日常のほんの一瞬に潜んでいることなのです。 ほんの一瞬は、日常の中とはいえ、今の自分には特別なことだと 思います。
それが本当の意味で、日常になった時に、その答えは出るのかもしれません。
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# by le_pin-four_de_h | 2012-11-25 02:26 | シェフのフランス便り | Comments(0)

シェフのフランス便り~ Le sot l'y laisse

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僕とマダムは15年ほど前に同じ職 場でした。同期入社です。
その時、もう一人同期入社の女性がいました。
その彼女がパリでご主人とレストランをしていると、風の便りで聞いていました。
再会を楽しみに、食事に行ってきました。
なんでもフィガロに取り上げられたらしく、大盛況でした。
彼女はマダムとして30人からのお客さんを一人でサーブしていました。
その姿をみてとても感慨深いものを覚えました。
当時は自分もとても未熟で、もちろんマダムも彼女もとてもか弱く見えました。
15年という時を経て再会した彼女はとてもたくましく堂々たるマダムぶりに見えました。

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その同じ時は、自分をどれだけ成長させてくれたのだろうか。
その時間の狭間で何か取り残してきたものはないなだろうか。
アカデミックなテクニックやフランス的であれというような情念などではなくもう少しプリミティブな人としての在り方、そんなものを考えながら彼女を眺めていました。

帰りに店の名前を見てその暗示的な意味にドキッとしました。
鶏などの肉の部位をいう料理用語 ですが、直訳するとこう言う意味になります。

愚か者はそれを残す。

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# by le_pin-four_de_h | 2012-11-22 15:34 | シェフのフランス便り | Comments(2)

シェフのフランス便り~ Impression-soleil levant

オランジュリーに行って来ました。

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オランジュリーと言えば、モネの睡蓮の連作が自然光のもとで2室に展示されています。
モネの睡蓮に魅了され、画家に成りたいと思いました。
まだ20歳前のことです。
モネに憧れフランスに憧れ一生懸命絵を書いていた時代です。
もちろん画家などなれるはずもな く、いつしか絵から離れていきました。
モネの睡蓮を眺めていて、ふと思ったのは、
夢敗れてもそのころ憧れたフランスへの思いが、心に残り続け、いまのパティスリーフランセーズ、パンフランセーズへの思いへと続いたのではという事です。
全ては流れの中にあるんだなあとつくづく思いました。
オランジュリーでは、マリーローランサンやキュービスム後のピカソに感銘を受けましたが、とびっきりは、今回特別展をやっていたシャイム・スーティンです。
特にグラジオラスシリーズや皮剥がれる牛などの屠殺シリーズには衝撃 を受けました。
グラジオラスの血濡れたような赤や牛やうさぎに時間を逆戻して命を吹き込もうとでも言わんばかりの情念、シャルディンの時とは正反対の感情を覚えました。
今一度、激しく燃えさかるフランスへの情念をお菓子やパンに注がねばと、使命感すら芽生える一日でした。
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# by le_pin-four_de_h | 2012-11-19 08:40 | Comments(0)

シェフのフランス便り~ Ambivalence

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パリ郊外で働くY君と会い、ブーラ ンジュリーに行き、その後昼食を一緒にしました。
今日は、いい物に出会ったと言う晴々とした気持ちと、
そのインパクトによる迷いと言う相反する気持ちが芽生えました。

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日本でも有名なそのブーランジュリーのそのパンを食べて衝撃を受けました。
美味い、不味いとかそう言うレベルではなく、自分の根っこからひっくり返すようなものでした。
すなわち、自分がずっと絶対視していたルバンリキッドの必然性です。
この晴れやかなまでの小麦の味はルバンでは絶対でないし、
また求めてもいなかったのですが、
素晴らしいの一言だと思います。

昼食をY君と一緒にして色々と話をしました。
日本で会ってた時より、少したくましく見えたのが、嬉しかったです。
彼をはじめ、フランスで働く日本の若者にせつに願うのは、
フランスと言うものを表面的にとらえるのではなく、
内面の深く深く深層までたどり着いて欲しいと言うことです。
すなわち、ルセットや製法などではなく、
バゲットとは、フランスとは、などの問いかけに
自分なりの確かな答えを出して欲しいということです。
1年居ました、2年居ましたとかいう期間では無いのです。
その答えが出せるかどうかなのです。

各言う自分もその答えを、もう一度出してみようと迷いもがいているところですが。

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# by le_pin-four_de_h | 2012-11-15 16:06 | シェフのフランス便り | Comments(4)

シェフのフランス便り~ Dualisms

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ルーブルに行ってきました。
パリ滞在中に隅から隅まで見てみようと、思っています。
おそらく3,4回は通わなければいけないと思います。
それ程ルーブルは、巨大なのです。

今日、見た物の中で一番印象に 残ったのは、シャルディンの静物画です。

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シャルディンは沢山の静物画を残していますが、僕を惹きつけて止まないのは、狩猟などで殺した生き物を、物として捉えた絵です。
この2枚の絵画を眺めていると、なぜかデカルトの二元論を思いおこしました。
恣意する自我と後はすべてを物質と説いた極めて合理的な教えですが、そう思えば思うほど、胸が締め付けられます。
東洋人の僕には、命のはかなさ、死への畏敬の念すら感じさせるからです。
でもそれが、近代ヨーロッパの源になったのではと僕は思っています。
そこに僕の測り知れないヨーロッパが在るのもまた事実でしょう。
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# by le_pin-four_de_h | 2012-11-12 14:30 | シェフのフランス便り | Comments(0)

シェフのフランス便り~Cancer de Paris

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パリを歩いていて、たまに見かける気になる光景があります。
石造建築の間に唐突に建てられた鉄骨の建物です。
違和感のないように、とても気を使って建てられているように見えますが、
僕にはとても醜く、歪のものに見えます。
パリの大改修がおこなわれてまだ200年も経っていないのですが、
老築化したからなのでしょうか?
そういえば、至る所で補修をしているのを見かけます。

10年単位のサイクルでは、パリは、パリであるのでしょう。
それが、100年単位になるとどうなのでしょうか?
それが、パリの癌細胞で無ければ、よいのですが。
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# by le_pin-four_de_h | 2012-11-11 19:59 | シェフのフランス便り | Comments(2)

寡黙なシェフに代わってマダムの私がアッシュのあれやこれやをお知らせしていきたいと思います!!
by マダム
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